母がレビー小体型認知症になりました(1)

認知症

母がレビー小体型認知症になりました。
診断されるまでの母の変化に家族は戸惑いました。
同じ思いをされている方の参考になればと思います。

認知症だとわかるまで

2017年

思い返せば母のちょっとした行動の変化は2017年に始まりました。
母は社交的でお友達も多く、旅行や外食やしょっちゅうお出かけを楽しみ、
よく食べよく笑い身体もふっくらしていました。
がその年は「風邪が長引いてんねん」とわたしの誘いも断りがちで、
お友達との会食や習い事などのお出かけもお休みするようになりました。
この時は言葉通りに受け取って、早く良くなって出かけられるようになりたい。と思っていました。

2018年

翌2018年やっと風邪も治り出かけられるようになり、
元通りになったと安堵していました。
車を運転して片道1時間弱の
趣味の絵画教室にも行けるようになりました。

2019年

そして2019年。
春先に今度は持病の「痔」の症状がひどくなり、
それが原因でまた出かけられなくなり
便秘、食欲不振、活動低下、不眠になりました。
7月に病院で一泊して患部に注射を打つ処置をしてもらい、
やっとこれで落ち着くかと思っていたら、
一向に症状が良くならず本人も辛そうでした。

「わたしボケるわ」

その時と前後して「わたしボケるわ」と言い出したのです。
家族の目から見て病気のこと以外は喋ることも普通だし、記憶力も衰えていないし、
なにゆーてんの!?そんなわけないやん。とわたしも家族も思っていました。
それでも、きっとこれからは管理できなくなるから証券口座を何とかしたい。と言うので、口座を解約することにしました。証券会社には本人が電話して解約手続きを終えました。
担当の方に事情を聞かれて、「もう管理できへんようになりそうやから」と答えていました。
思えばこの時に手続きしておいて本当によかったと思います。

思い込みが激しくなり言うことを聞かなくなりました

あるとき自分のゆうちょのカードがおかしい、間違っていて使えない

誰かに取られる、と言い出し、
家族全員が使えると何度言って聞かせても信じてくれませんでした。
それなら。と郵便局に行って、目の前でカードを新しくしてもダメだったのです。
正常だと思っている人が不合理なことを言うのですから、
わたしも父もイライラとして大きな声でなじるようなことを言ったりもしました。

おかしいことを言う

でも、私たちの目にはおかしいとは見えていなかったのですが
病院で痔の治療を担当した先生は
「ちょいちょいおかしいこと言わはるから
精神科を受診したらどうですか?」と言われたそうです。

わたしにはまだ「何ゆーてんの?」という感じでした。
口調や見た目は今まで通りなのに、頭の中が曇って来ていて、
私たちは変化に気づけなかったということだったのでしょう。
あまり出かけなくなった母を心配して、
叔母が通っている、小規模多機能型居宅介護施設に
併設されているリハビリに連れて行きました。
入り口で拒否して帰ろうとする母を引きとめて
なんとかリハビリに参加させました。

その時も「わたしボケますねん」と半笑いで答える母に
施設長が「そんなことないです!ボケたらそんなにしっかりしてないし、
ボケてる人はわたしボケてると言いません!」
と言ってくださいました。

わたし達も「そうやんな」と安堵し納得しました。
その日のリハビリは手先の温めから始まり、
簡単な道具を使った手や足の運動。
途中で飽きたのかしんどくなったのかはわからないけど
7割がたのことをこなして離脱、
休憩のときにはおやつも食べ叔母とも話して
楽しそうにしていたのでよかったなと思いました。
が、なんか変なことを言うな。
と思うことには気づき出しました。
「骨がコンクリでできてるから」と真顔でいうのです。
それから少しずつそんな発言が混じってきました。

母がレビー小体型認知症と診断されるまでの経緯の途中まででした。

では今日もぼちぼち行きましょう。

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