母がレビー小体型認知症と認定され、同じ病気のご家族の方の参考になればと、どんな出来事があったかつらつら思い出しながら書いています。話が前後することもありますがご了承ください。
今回から家族のグループLINEのやり取りをもとに記事を書いていこうと思います。
過去の記事もいつか手を加えたいと思っています。
前回の記事では短期入所生活介護施設に緊急入所したところまででした。
2020年1月 怒涛の一か月
介護認定がおりました
腰がどうの、入院がどうのと言っているときにやっと「要介護度1」の介護認定が下りました。
お正月を挟んだので聞き取り調査が終わって1か月たっていました。その間に妄想が激しくなり、化粧品のボトルをみて爆発する!とか足がすごく大きくておかしいなどと、言い出しました。
レビー小体型認知症は妄想と幻視、幻覚の症状がある病気ですので顕著に症状が現れてきたのです。
対処法の本を読んでも母には通用せず、それらの症状の訂正はできませんでした。
父が死んだことになりました
緊急入院の前日、とても妄想が激しく、
自分が犯罪者だから警察が迎えに来る。父が死んでいたのを放置していたから
それがわかって捕まる。死刑になる。
と、言い張りました。これが何度ちがうと言っても信じてもらえませんでした。
翌日になったら、お通夜。その次の日はお葬式。またその次の日にお葬式が終わって、葬式代金を払っていないから警察に捕まる。と妄想なのに時系列があるのが妙におかしかったです。代金は払っておいたからと言っても全く信じてくれませんでした。
その父が面会に行っても「死んだ」と言い張り、本人を見ても「死んだ」ことと「いる」ことは意識の中でつながっていないようでした。
次に預かってもらえる施設を探しました
今回の短期入所生活介護施設はあくまでも一時しのぎでした。1週間ほど預かってもらう間に次の施設を見つける必要がありました。
次の施設と言っても、介護施設のカテゴリーについてなどよくわかっていなかったので、ケアマネさんや以前、腰の件でお世話になったリハビリ施設の方などに相談し介護老人保健施設(略して老健と言われる)に決めました。要介護1では特別養護老人ホーム(略して特養)は使えないので、選択肢がだいぶ狭くなりました。(特別養護老人ホームは要介護3から利用できます)
老健はリハビリを目的とした施設で3か月を最長として、長くいる場合はそれを延長するということでした。この状況ではもう3か月先のことはその時になって考えるしかないと入所を決め、施設の見学をし、施設の人が母の面談に入所している施設まで来てくれました。
母には「リハビリをして家に戻る」ということにしました。本当に戻れるようになったらいいと希望を持ち、2月3日から入所できることになりました。
全然違う問題勃発
母の圧迫骨折などでバタバタしているときに、うちのネコが食べなくなり病院で診てもらうとステージ4の腎臓病と告げられました。治療しようと思ったのですが、治療自体がかわいそうになり、そのまま看取ることを決めました。毎晩主人と交代で見守りあと2.3日と先生に言われたよりは倍ほど長く頑張ってくれました。私がもっと前に気づいてあげられなかったことを本当に悔やみました。
この看取りの間、母のことは父と兄と施設に任せるしかありませんでした。
母が食べなくなりました
老健への入所が決まったので、移るときに一回みんなで食事をしようという話をしていたりしました。そして私がしばらく行けないあいだに、母は全然食べなくなりました。出されるものが全部毒だと思い込んだようでした。何も食べない、薬も飲まない、水分も摂らなくなりとうとう施設併設の病院(本当は病院併設の施設ですね。)で点滴を受けました。
このあとさらに事態は悪化しましたが長くなるのでまた次回に。
同じ病気のご家族のかたの何か参考になることがあればうれしいです。
では今日もぼちぼち行きましょう。
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