【認知症】母がレビー小体型認知症になりました(8)

認知症

母がレビー小体型認知症と認定され、同じ病気のご家族の方の参考になればと、どんな出来事があったかつらつら思い出しながら書いています。話が前後することもありますがご了承ください。
今回から家族のグループLINEのやり取りをもとに記事を書いていこうと思います。
過去の記事もいつか手を加えたいと思っています。
前回の記事では短期入所生活介護施設に緊急入所して食事を取らなくなったところまででした。

2020年1月も終わりそうな頃

介護老人保健施設(老健)の入所を断られた

2月3日の15時に入所することが決まっていて、できたら、その日に家族でご飯を食べてから入所しようと計画していました。
その施設では、主に栄養バランスを整えリハビリをして改善を目指すということで、差し入れなどもできないとのことでした。併設のクリニックの先生の治療方針に沿った薬に頼らない治療をするとのことで、薬漬けになることは避けたかったので、家族は喜ばしく思って、入所の日を心待ちにしていました。
ところが、かろうじて1月31日には私の持って行った上用まんじゅうだけは食べたのですが、前の施設で出されるものをまったく口にしなくなりました。
そのことを入所予定の老健に連絡すると「食べられない人は受け入れできません。看取りということでしたら別ですが。」と言われました。施設自体は医療機関ではないので、点滴で対応などはできないって理由でした。

総合病院で受診

以前から総合病院の脳神経内科でも受診していました。
2月3日の朝からケアマネさんと相談して脳神経内科を受診することにしました。
どこにも預かってもらえなくなった母を入院させてもらえないか思ったのです。母は首をうなだれて車椅子に乗ったまま動かず、とてもじゃないけど普通には見えない状態でした。
脳神経内科で保護入院させてもらえませんか?と相談すると「保護入院は精神科の措置だから、もし保護入院を望むなら精神科を受診してからでないとダメ。もし内科で受け入れるにしても24時間つきそいを」と言われました。
すでに私の気力も体力も限界に達していて車で10分ほど離れた精神科に連れて行く力は残っていませんでした。もう何処にも受け入れられない追い詰められた気持ちでした。
待っているあいだに家族に経緯を報告しました。
今、lineのやりとりを見返してみると、その時の私はだいぶ追い詰められてたみたいでちょっと気持ちがおかしくなっていたようです。

「誰か助けて」

兄:今日すべて片付けなくてもいいからダメだったら後日ということで行こう。緊急避難的に自分がまた実家に泊まってもいいし。
私:(略)実家で点滴受けて、いのち繋いで、食欲回復するまで待つのが良かったと思ってる。
結局ややこしいことになってる。ものすごく消耗してる。
従姉妹:迷う状態やったらTさんに電話したら?(Tさんはリハビリ施設の代表。従姉妹と懇意)
私:何を私ひとりで迷えばいいかもわかりかねる。ひとりで決められるならホスピスを探す
従姉妹:親身に相談できる知識のある人が必要では?
私:相談なんかいらん。私に決断を委ねないで欲しい。相談じゃなくて助けて欲しい。

脳神経内科での受け入れ

脳神経内科の先生も、私の様子を考慮してか、しばらく外で待つよう言われて再度呼ばれた時に
「とりあえず1週間程度入院を受け入れます」と決めてくれました。本当に安堵しました。助かったと思いました。

今から振り返ると、身体的でなく精神的な要因で食べなくなったのに、老健の対応は画一的だったなぁと思います。規模が大きい施設ではひとりひとりの症状に合わせた対応というのは難しい気がします。

同じ病気のご家族のかたの何か参考になることがあればうれしいです。

では今日もぼちぼち行きましょう。

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