【社会】ファッションモデルの多様化

社会、ニュース

どうも。ぼちぼちです。

ひと昔まえ、モデルといえば「細くて背が高い人」でした。

今はそれが常識ではなくなりつつあるようです。

バブル時代のモデル

そもそも何故、モデルは細くて背が高くないといけないのでしょうか?世界でなぜそうなったか、は定かではないものの、日本では長沢節(ながさわ・せつ)さんの影響が大きいのではないかと考えています。

(半分、妄想と思って読んでください)

長沢節さんはファッションスタイルイラストの第一人者で、セツ・モードセミナーというファッション専門学校を開設した方です。

彼のファッションスタイル画にはガリガリの女性しか描かれませんでした。彼の美の基準がガリガリだったのです。彼に憧れ、彼を慕う生徒は同じような美意識を持つようになったに違いありません。

その後、何十年も「美の基準」とされ続けている罪は大きいと思います。

学生時代、標準とは言いがたい体型だった私は、恨めしく思っていました。

世界のモデル事情

無理なダイエットで亡くなったモデルのニュースが報道されたのは2006年のことでした。

それ以降、痩せすぎのモデルはショーに出られなくなって来ました。

けれど、近頃になってもやはり、モデルは細くて背が高いという価値観から変わっていないと感じます。

外からの価値観の流入

世の中には細くて「背が高い人」はどれくらいの割合で存在するのでしょうか?1%くらい?とにかく、旧来のファッションモデルの体型はマイノリティ(少数派)だと思うのです。

世界的に「多様性を認めよう」という価値観が台頭しています。太っていたり痩せていたり、背の高い低いや、肌の色の違いや、障害のあるなし。世界は、多様な人の集まりです。

先日、特集されていたニュースでは、多様な人をモデルとして起用するよう、変わりつつある。とのことでした。

近い将来、ファッションショーが多様なモデルで開催されたらいいと願います。

もしくは、現行のファッションショーがごく一部に限られた人のものだと割り切ってしまったらどうですか?

いろんな人がいるのを認め合う世の中なら、ファッションショーに出る人、見る人も同じくらいのマイノリティだと認識してもっと閉ざされればいいと思います。

そうして別の多様な人に向けたもっと開かれた、ファッションの提案が始まればいいんじゃないでしょうか?

また、ファッション誌の廃刊が相次いでいるそうです。

ファッション誌といえば、憧れるような生活スタイルの提案と、高すぎる価格の洋服。アパレルにいても、ファッション誌の特集などに共感することは少なかったです。ファンタジー(おとぎ話)です。

ほんまにこんな生活してる人おるんかなぁ?

そう思っていました。

雑誌が見捨てられていくのは、作られた流行と、偶像のモデルに共感できないせいかもしれません。

では今日もぼちぼち行きましょう。

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